おんぷ日記

合唱団で歌ったり、指揮をしたり、ピアノを弾いたりしています。

選挙、不来方東京公演、咳喘息

ふたたび咳喘息に。

げほげほ。

自分が言い出しっぺの東京公演、目標満席!なんていって1300席のホール、、、途中でむりじゃね、って思ってたんですけども、今日集計してたら残席400席で満席も夢じゃないかもって感じなのに、肝心のわたしはげほげほで歌えない上にステージで咳我慢するのもいまのままだと厳しいんじゃって感じです…。

 

そして明後日選挙なのですが。

こんなに選挙に興味を持っているのは生まれて初めてです。29歳。

昨日はあきばに枝野さんの演説を聞きに行きました。途中からだったけど。いままでもツイキャスとかで演説をきいてて、なぜか涙でてきちゃったりするときもあって。なんでだろう?って思っていました。昨日実際に生で聞いて、また涙してしまいました。

「国民の政治離れ、と言われているけれど、そうじゃない。政治が国民から離れてしまっている」

これにとても共感し、涙がでてしまいました。

帰ってから、立憲民主党ツイッターみてたらそのせりふを書いたツイートがものすごく桁違いにリツイートされてて、びっくりした。

政治は難しい、と思っていました。演説を聞いてもうるさいなとしか思わないことが多かったし、少し聞いてみたいと思って配ってるチラシをもらったこともあるけどそれだけだったし立ち止まって聞いてみようなんて思ったことなかったし。

でも今回枝野さんが合唱やってたっていうからちょっと興味持って…。

枝野さんの演説内容をツイキャスでみてみたら、すごく話がわかりやすいし声が聞き取りやすくて、わからない単語とか言葉を知りたくなって調べてみたり。

福島に行ってくれたり、仙台まで行ってくれたり、うれしかったからたくさんみて、アキバにも行ってみたけど、やっぱり実際に聞くとすごくよかったし、勉強になったし。

雨で寒いし、げほげほだし、早く帰って休みたいフラフラだったけど行ってよかったです。枝野さんのあとの海江田さんの話は「人」の漢字の話してたり、びしょびしょだから早めに切り上げます、とか「アベノミクス」を「アベノミスク」って言い間違ったりとか、、、なんだか声もお上品でなくて、(まぁそれはそれでいいんだけど笑)枝野さんが演説うまくて魅力あって話がまとまってるんだなって実感しました。

選挙楽しみだなー。

咳がやばいのでおわります。

くるしい。なんか出てくる。このなんか出てきそうになるのなんなんだろう…

喧嘩ふたたび

またです。
喧嘩するたびにブログにつけているのですが頻度が高すぎて笑えます。

喧嘩の理由はもうどうでもいいですが、
わたしはかなり冷めています。
まだ一緒にやりたい、という気持ちはほとんどありません。

あちらのことがむかつくというか、許せないとかではなく、もうなんだかどうでもよくなっていて、
わたしは自分のことしか考えていないけれど、
このまま続けていても不毛なのでは、と思う。

お互い気にくわないことばかり、相手を嫌な気持ちにさせ、困らせ、うんざりさせる。お互い自覚がない、譲らない、謝らない。
なぜ一緒にやるのか。
それはただ、長年一緒にやってきたという情しかなく、長年付き合ったカップルがなんとなくそのまま続いているのと同じだ。
別に対して好きでもないのにただ付き合いが長いし、今更別れるのも、そんなのと一緒だ。

そんなの未来はない。
どうせまた嫌な思いをするだけだ。

謝られたってきっとまた同じことをされて、わーわーわたしは喚き、うんざりされる。同じだ。DV男といっしょだ。

ただの情なんて捨ててしまえ。
きっぱり切らないといけない。
そうだ。
ずるずるしてるとまたなぁなぁになるぞ。
いまやめるしかない。





性格ではなくテクニックで会話するということ

週末に群青のトークイベントに参加したのですが、小田先生がわたしにとってとても興味深いお話をされていました。
震災の後、生徒のためのカウンセリング技術の講座などをたくさん受けたそうです。そういったテクニックを使って生徒と会話をすることが多く、たまに生徒との会話の中で「自分の性格で会話しているのではなく、テクニックで会話をしているように感じるときがある」という話をされていました。

わたしは結構頻繁に同じような思いを抱きながら人と会話をすることが多くて、自分の本心や自分の本当の性格で会話をしている人、というのがかなり少ないなと思っています。ただ、テクニックを使って会話しているのも決して不本意ではなく嫌ではなくてそれはそれでわたしなんです。
でも、テクニックなんて気にせず本心で話をできる相手と一緒にいるときはとても気が楽なのは確かです。

こういうのって誰でもあることなのだろうか。
もちろん仕事の付き合いでは何も気にせず会話できる人というのは少ないのは当たり前だと思うのですが、わたしの場合プライベートでも趣味の場面でもそういったことがほぼ大半にあります。

練習の出席率をあげる方法を考える

昨日、練習にいったが、どうもモチベーションが低いのは私だけじゃないように感じる。
練習の出席率が悪いということは実は結構深刻な問題なのではと思います。
どこかのシニア合唱団のツイッターで「練習出席率90%」とみました。すごい。
リタイアした人たちのための合唱団だというから、わたしたち現役とはまた違うとは思うのですが、でもでもすごい。

まず、しばらく練習を休んでいておもったのですが、「いきたくないな、だるいな」くらいで人は簡単に練習を休めるものなのだと思いました。前に立ったり、責任ある仕事を任されている人は「行かなきゃまずい」「いくのが当たり前」という気持ちが人よりもあり、そして来ない人に対して「なんで来ないの?」と簡単に思えてしまい、理解することはできません。

また、なにかほかのことを犠牲にしてまで練習に行く魅了を感じることができなければ簡単に休めます。例えば家事がおわらないから休む、あります。今週は仕事が忙しかったから寝たい、これもありました。午後友達と遊んで疲れたから帰ろ…、ありました。
よっぽどの合唱大好き変態や、強い忍耐を持っている人以外なら、簡単に練習なんて休めてしまいます。
だけど本番だけは全員集まるわけです。
月に一回しか希望休を出せなくて、本番の日だけはなんとか死守し、ほかの日は仕事で遅刻ですという人もいるとは思います。
けど、もし月に4回休みを取れる、一回は本番、もう一回はデートに使う、もう一回は睡眠、残り一回は練習に使うかそれとも買い物に…ここでもし練習と買い物を天秤にかけた場合、練習に魅力を感じなければ買い物の勝ちです。

やはり練習に行きたくなる、楽しいから行こうという魅力が足りないということ…?
いま、現状楽しくないとして、それでもくる人は何者!?神様なの?変態?
久しぶりに練習に行くとまぁ、楽しかったなと終わるわけですが、もしかしたらこれは人によってはやば、全然歌えてないじゃん、本番諦めようかな…となる可能性もあります。
しかし、そこで本番の楽しみを知っている人だったら、団が魅力的なのであったら、諦めるという選択肢はなく、頑張らなきゃ!になると思うのです。

楽しみ、プラスそこに存在する意義、魅力、価値が必要なのですかね。
この団はすばらしい、そこにいる自分最高!!って感じを目指す必要がある…??

こういうのはどうやったらはっきり数字として見えてくるんだろ。
オンステ人数、練習参加者人数、とか?

とりあえず終わり。





高校生の部活問題について考える

わたしは高校生の合唱が大好きで、いい思い出しかないのですが、大人になってから「高校の合唱部は辛かった」とか「もう二度とやりたくない」とか言う人と話すこともあったり、最近の部活顧問のニュースを見るたびに複雑な思いになります。
さっき、ちょっと悲しすぎる内容のツイッターアカウントにフォローされ、とてもとても悲しくなってしまいました。

話は少しそれてしまいますがよく、中高生に「大人になっても合唱を続けてね」と話す人を見ます。わたしは最近は、続けることが合唱に限らなくてもいいんじゃないかと思っています。合唱で学んだことはいろんな場面に役に立つし、実際に演奏する趣味をずっと続けなくても、ミュージカルを鑑賞する趣味でもいいし、山登りをする趣味だっていいし、なにかを続けるということに合唱部で培った経験はきっと活きます。もちろん、合唱をずっと続ける人がいるのはとてもすばらしいことです。でも大きくなって、自分で選択をすることになにも誰も文句は言えません。

でも指導者のせいで合唱が嫌いになって、合唱をやめる、という人がでてきてしまうのはとても悲しいことで、そういう指導をした人は残酷です。前に立つ人はその人の今後の人生を決める覚悟を持って、指導しないといけません。

夏休みです

今日から夏休みです。
たくさん予定も入ってて楽しみ!

昨日は青島広志先生の家へ取材に。聞き手は中村敬一先生。
おふたりともお話が楽しくてとてもすてきな時間だった!
著名な方、目上の方とお話しするのはとっても緊張してしまうのだけど…とても勉強になるし楽しいお話がたくさん聞けてすごくたのしい。

ので逃げ出さずにそういう機会を大事にしていきたいと改めて思いました…。

きょうもさぼり

きょうも練習に行けず、
ぼーっとベンチに座っています。

どうしたら行けるのか、考えるけど行けません。
きっぱりお休みしたほうがみんなのためでもあるのだろうけど、
来週は行きたい…と思って
ずるずる

本番があるのに、どうしたらいいんだろう。
練習していないし、
本番も行けるのか…

そしてこの悩みを誰に話せばいいのか、
わからない。